株式譲渡と役員退職金が同時に発生することがあります。
思いつくのはM&Aによる株式売却でしょうか。
第三者に自己が所有する株式を譲渡し、役員を退任するケース。
そんなときは、株式譲渡と役員退職金の受給が同時に発生します。
株式譲渡も役員退職金も課税関係が生ずることになります。
譲渡所得と退職所得が発生し、所得税の課税対象となります。
この税負担ですが、工夫の余地がある場合には、軽減させることも可能になります。
つまり、手元に残るお金を増やすことができるのです。
株式の譲渡所得と退職所得は共に申告分離課税
株式の譲渡所得と退職所得は、税金を計算するうえでは「申告分離課税」となります。
申告分離課税とは、給与所得、事業所得、不動産所得などとは合算せずに、その所得単独で税金を計算する方法を言います。
申告分離課税の反対である総合課税は、会社員で不動産賃貸をされてる方などはイメージしやすいかもしれません。
不動産所得が赤字になってしまったら、給与所得と相殺させて源泉所得税を還付させますよね。
では、黒字になったらどうなるでしょうか。
当然合算させます。
給与所得と不動産所得を合算させて、その合算した金額に対する税率をかけて税金を計算します。
所得税の税率は超過累進税率といい、課税される所得が増えるほど税率も上がります。
つまり、総合課税の場合には、合算した金額に税率をかけることになるので、税額も当然増えますよね。
しかし、株式の譲渡所得と退職所得の計算方法は、この総合課税ではなく、申告分離課税となります。
他の所得と合算しなくて良いのです。
それ故に、検討次第では税負担を軽減させることも可能になります。
同年に給与所得と譲渡所得と退職所得が発生しても、給与所得の金額を考慮する必要がないことになります。
単発で発生する譲渡所得と退職所得のみを比較することが出来るので、検討しやすくなりますね。
では、それぞれの計算方法について見ていきたいと思います。
株式の譲渡所得の計算方法
株式の譲渡は大きく分けると上場株式とそれ以外の非上場株式があります。
小規模事業者のM&Aによる株式売却は基本的に非上場株式の譲渡になるでしょう。
計算方法をみていくと、
譲渡する価額 ー 必要経費(取得費+委託手数料等)= 譲渡所得
という式で計算をします。
ここでいう「譲渡する価額」とは株式を売却する金額を指します。
株価の算定方法は複雑なので今回は割愛させて頂きますが、非上場株式の株価は上場株式のように目に見える金額はなく、個別に評価した金額となります。
この個別評価がまた曲者なんですけどね。
取得費はその株式を取得する際にかかった費用。
設立時から持っている株式や相続した株式の場合には、当初の出資金額となります。
委託手数料は、M&Aによる株式売却を前提とすると、M&Aの仲介会社へ支払った手数料などとなります。
そして税率は所得税が15.315%、住民税が5%で、合計20.315%となります。
申告分離課税となりますので、譲渡所得がいくらになっても税率は一定となります。
これが検討しやすい要因のひとつとなります。
退職所得の計算方法
次に退職所得も計算方法をみていくと、
( 退職金の金額 ー 退職所得控除額 )× 1/2 = 退職所得
退職金の金額は額面の金額となります。
退職所得控除額の計算は、勤続年数により計算します。
勤続年数が20年以下の場合には、
40万円 × 勤続年数 ※ただし、80万円未満の場合には80万円となります
勤続年数が20年超の場合には、
800万円 + 70万円 × (勤続年数 ー 20年)
その他、障害者となって退職した場合や2カ所以上から退職金を受け取る場合の計算の例外については割愛します。
そして税率は、所得税は超過累進税率、住民税は10%となります。
つまり、退職所得が増えれば増えるほど所得税の税率は高くなり、所得税額も増えることになります。
所得税の超過累進税率は次の表の通りとなります。
それぞれの計算方法の特徴を理解しよう
株式の譲渡取得の計算と退職所得の計算の大きな特徴3つです。
1つ目が所得税の税率。
株式の譲渡所得は一定、退職所得は超過累進税率。
2つ目が退職所得控除は勤続年数により一定。
どの会社に勤めていようが退職所得控除額は勤続年数によって計算されるので、勤続年数によって一定。
3つ目が「2分の1」を乗ずるか否か。
退職所得は退職所得控除額を控除した後に2分の1を乗じます。
単純に課税所得が半分になりますよね。
この違いは大きいです。
この3つがポイントになります。
簡単に比較をしてみたいので、仮に株式譲渡も退職金も「収入金額ー控除額」が同じ5,000万円だったとしましょう。
つまり、譲渡所得では「譲渡する価額 ー 必要経費(取得費+委託手数料等)」、退職所得では「( 退職金の金額 ー 退職所得控除額 )」の金額を指します。
そんな同じになるなんてあり得ないなんて言わないでくださいね。
勤続年数を20年としてと退職所得控除額が800万円、株式譲渡の必要経費が仮に800万円だと同額になります。
そうすると株式の譲渡価額と退職金の金額が共に5,800万円の場合には同額5,000万円になります。
「仮に」ですよ。「仮に」。
そうすると、
譲渡所得にかかる税金は、所得税住民税それぞれ
所得税 5,000万円 × 15.315% = 7,657,500円
住民税 5,000万円 × 5% = 2,500,000円
となり合計で10,157,500円となります。
退職所得にかかる税金は、所得税住民税それぞれ
所得税 5,000万円 × 1/2 × 40.84% ー 2,796,000円 = 7,414,000円
住民税 5,000万円 × 1/2 × 10% = 2,500,000円
となり合計で9,914,000円となります。
単純に超過累進税率だし、税率だけをみると譲渡所得の方が有利かな~って思いますが、実際の税額でみてみると退職所得の方が税負担が少なくなります。
ここでの一番のポイントは退職所得は2分の1を乗ずる点です。
この2分の1を乗じることにより、単純に税率だけでは見えない実質の税負担である実効税率を考慮しないといけなくなります。
事前に税負担の比較をしよう
仮のケースで退職所得の実効税率を試算してみましょう。
勤続年数が20年と仮定し、退職所得の実効税率を計算してみます。
ちなみに、譲渡所得の実効税率は一定の20.315%となります。
単純にその税率を下回れば株式の譲渡対価とするよりも退職金でもらった方が税負担が減るということになりますね。
株式の譲渡に係る必要経費は、譲渡する価額が増えても増加しない場合を想定しています。
M&Aによる仲介手数料は株式の譲渡価額と退職金の合計額により計算する場合も多いでしょう。
従って、合計額が変わらないので必要経費は一定として考えてみます。
退職金規程など正しい根拠に基づき計算した役員退職金が1億円だったと仮定しましょう。
直近の役員報酬が月額200万円だとすると、役員退職金の計算でよく利用される功績倍率法により計算してみると次のようになります。
200万円 × 20年 × 2.5=1億円
実際にはこの退職金の金額が当該役員の職責や貢献度などを考慮して妥当な金額であるかどうかの検討が必要になります。
過大役員退職金は否認リスクが高いので慎重に検討しましょうね。
仮に妥当な金額であったとして試算してみると下記のようになります。
退職金として1億円を受け取った場合の実効税率は20.94%となります。
つまり、1億円をそのまま退職金で受け取るよりも、退職金として9,100万円を受け取り、差額の900万円を株式の譲渡価額に上乗せしてもらった方が税負担を抑えることが出来ることになります。
仮に株式の譲渡価額から必要経費を引いた譲渡所得が3億円かつ退職金が1億円だったとしましょう。
3億円の譲渡所得にかかる所得税と住民税の合計額は、税率20.315%なので60,945,000円となります。
株式譲渡の税負担と退職所得の税負担を合計すると、
60,945,000円+20,938,700円(上記表より)=81,883,700円
となる。
退職金の一部を株式の譲渡価額として受け取れる場合にはどうでしょうか。
退職所得の実効税率が株式の譲渡所得にかかる実効税率である20.315%を下回るところまで退職金で受取り、差額を株式の譲渡価額として受け取れた場合にはどうなるでしょうか。
株式の譲渡所得として3億900万円、退職金として9,100万円受け取る場合で試算してみましょう。
譲渡所得にかかる所得税と住民税の合計額は、税率20.315%なので62,773,300円となります。
株式譲渡の税負担と退職所得の税負担を合計すると、
62,773,300円+18,421,100円=81,194,400円
となる。
両ケースの税負担の差額を計算してみると、
81,883,700円ー81,194,400円=689,300円
の差額が生じます。
この689,300円だけ税負担が軽減できたことになり、手元に残るお金が増えることになります。
株式の譲渡と役員退職金が同時に発生する場合には、買手とも交渉し、できる限り税負担を抑えられるように検討することも大事かと思います。
先程も書きましたが、譲渡所得と退職所得の比較する場合に絶対に欠いてはいけない前提があります。
それは、退職金の金額が法人税法上、不相当に高額ではないことです。
高額な部分については買手側において損金として認められないリスクもあります。
税負担軽減の工夫は高額でない範囲内での話になりますので、税負担のみを考えて退職金を増やすという方法は問題があります。
あくまでも退職金規定などに基づき、適正な範囲内で、買手との交渉において、株式の譲渡価額と退職金の金額を決めることになります。
まとめ
株式の譲渡所得と役員退職金の退職所得の税負担について検討してみました。
勤続年数に応じた役員退職金の実効税率を計算し、株式の譲渡所得の実効税率である20.315%と比較することにより簡易的な比較が可能となります。
必要経費の変動も伴う場合にはそちらの考慮も必要となるでしょう。
もちろん買手側の株価の算定方法も考慮しなければなりません。
いずれにせよ、事前に検討をすることが大事になりますね。
【編集後記】
事業再構築補助金の第二次募集が始まりましたね。
締め切り期限は7月2日。
申請予定のお客様がいらっしゃますので、全力でサポートさせて頂きたいと思います。
【家族日記】
週末に子供たちとお散歩へ。
天気も良くて気持ちが良い。
朝からお気に入りのパン屋さんへ行き朝食。
ゆったりとした休日を過ごせてリラックスできました。